書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

体験発表に関して

体験発表の日が木曜に迫ってきています。演題も決まり、何について話すかも決まってはいますが、具体的にどんな流れで話をするかは真っ白です。


演題は「ボランティアの輪に加わって」
ご本山から戻ってから5年超になりますが、体験として話せることと言えば、ボランティアのことしかありません。師匠からはホームページ開設記でも話せばとアドバイスされましたが、とりとめのない話になりそうなのでやめました。


僧侶が、僧侶が中心でないボランティア活動に加わった場合、何が出来るのか、何を期待されるのか、そんな話になると思います。とお風呂でさっき考えてました。一応宗門の研修会ですから、なにかしら「僧侶」を絡めていかないと「なんだそりゃ」と言われてしまいそうですから。


何が出来るのか、というのはなかなか難しいですね。何でも出来そうです。普通に想像できることでなくても、僧侶という看板を全面に出して、その肩書きの持つイメージをうまく利用すれば、ひとと同じことをしても違った結果を生み出すかもしれません。


何を期待されるのか、といえば、私の経験からすれば、「比較的自由になる時間」ですね。もちろん葬儀などもありますから、何月何日を空けておいてと言われても、確実に空けておけるわけではありません。
それよりも、あさっとちょっと手伝いに来て!という要請に応えやすいです。法事がなければ時間の都合はあるていど自由になります。会議などが入っていることもありますけれど、私なんかだとそういう可能性も少ないです。


でもうちの師匠はほとんど毎日どこかでなにかの用事が入ってますね。ああなったら時間は自由にならないなぁ


何月何日を、という長期的な予定も、まだ副住職の立場の私にはなんとかなりやすいです。普通に会社に勤めていたら、平日なら有給を、土日であっても万が一出勤にならないように調整を、となかなか大変ですが、私の場合は居間のカレンダーに青い○を書いておくだけです。それだけでなにか後から用事が入ってきても、丸印を優先して調整してもらえます。
お葬式が出来ても、ボランティアで出る行事での立場があまりに重要であればそちらを優先することもまだなんとか可能(かな?)ですし、その時間だけ抜け出すということも可能です。住職になってしまうと、丸1日身動きとれないですからまず無理ですね。


でもお檀家さんでのお葬式はなるべく確実にお勤めしたい思いも強いです。5年間で一度だけ、インフルエンザでお勤めできないときがありました。39度を超す熱だったのでどうにもならなくて。そのことはいまも頻繁に思い出されます。
そんなですから、ボランティアでお葬式に行けなかったとなると、いろいろと悩んでしまいそうです。それが分かっているので、最近ではやむなく「なるべく出席できるようにがんばります」と、曖昧な返答を繰り返しています。


それもなんだかなぁとは思いますけど、ボランティアっていうのは無理をすると続きません。そう考えて、あまり深く追求しないことにしています。
僧侶の役割と言うには、大きくとらえればボランティアのようなものです。ですから、どちらも優先したいところ。
でもまずは、お寺を支えてくださるお檀家さんのための檀務が優先です。


なんだかんだと書いてきましたが、これだけのことを話したら持ち時間の15分なんてあっというまに経ってしまいそうです。
困りました。これだと体験発表になりません。体験の部分を削るか、それとも体験を元にこう考えましたよということで、体験自体を話さずに済ますか。
発表は木曜ですが、研修会は水曜から。考える時間はあと2日。ちょっと少ないなぁ。間に合うかな・・・