書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

台所が詰まった

台所の排水溝が詰まりました。しばらく前からだんだんと排水がスムーズでなくなり、たとえばフライパンに水をためてジャバっとあけると、それだけでしばらく水がシンク内にとどまってしまうほど。

昨日、さらに悪化して、ちょっとした洗い物をしていても水がたまってしまうようになりました。これはやばいとなったのですが、昨日は忙しかったので、放置。今朝水道屋さんに電話して、昼過ぎに来てもらい、無事に流れるようになりました。

設置から10年。排水溝も手の届く範囲では掃除を怠らないようにしてきましたが、その先はどうしてもぬめりの付着とともに汚れがたまってしまっていたようです。

排水溝用の洗剤を使えば少しは違うかもね、とは水道屋さんの言。

少しかぁ、というのは私の感想。

確実に汚れがたまると分かっている箇所なのに、自分では掃除が出来ないような構造になっていることに疑問はあります。掃除しやすい構造にすると、かえってまめな掃除が必要になって、トラブルが増えるのかもと、善意に基づいて解釈していますけれど。

排水溝の掃除のしやすさを売りにした台所とか、もしかしてあるのでしょうか。あったところで交換できるわけでもないですけれど。一度使い出したら何十年と使うものですからね。

すっきりと流れるようになって、とても快適です。どうやら排水が悪くなってきたと感じるずっと前から、実際には悪くなっていたようで、というかそういうものなのでしょうけれど、久しぶりに景気の良い排水音が聞けました。気持ちいいです。

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久しぶりにお坊さんが集まる

本日葬儀。勤め終えた後、その足で浜北まで移動して、久しぶりのお坊さんの集まる会合へ出席しました。

人数は10人ちょっとの小希望な会合ですが、みなさんお久しぶり、という感じ。コロナ禍で各種研修会も中止になっているため、ほとんど顔を合わせることのない1年でした。なんだか懐かしさすら漂います。

会合の内容的に、私はほとんど発言することもなくお開きとなったのですが、実は初めて出席する会合なのです。例年でしたら引き続き忘年会も行うそうで、コロナ禍でなければゆっくりとお話しをする良い機会だったのですが。残念。

新年に入るとこの会の総会も開かれるため、それをどのような形で行うかも話し合われました。こちらも例年なら新年会も合わせて行い、会員の半数弱の20名強が参加して、普段のお付き合いの範囲ではできないようなお話しもできるのですが、こちらも総会のみにして、お弁当のお持ち帰りにしたらどうかというあたりに落ち着きました。

総会後に個別にお声がけして、立ち話のような形でお話しする機会が得られればラッキーでしょうか。最近は本当に地元のお坊さんとしか会っていませんので、教区を越えて集まれるこうした機会はとても貴重なのです。

宗務所に勤務していた頃は職務上いろんな教区の方々とお話しをする機会がありました。その頃の感覚がまだ残っているのか、会えないというのがとても寂しいのです。

で。

この程度の人数でしたらオンラインミーティングにもちょうど良い。でも、今日もそういう話題にはなりませんでした。年齢層を考えるとやっぱり提案するのにも躊躇します。やってやれないことはありませんが、結局若手がサポートに奔走することになります。それなら、それぞれに気をつけて集まった方が手っ取り早い、という結論になるのも目に見えていますし。(私が提案される側だったとしても、やはり同じことを言うでしょう。それを切り崩してもらわないと全体の理解が得られませんから。)

もっと頻繁に集まる必要があるならば、私などは片道1時間ほどかかりますから、オンラインでやってもらうことに大きなメリットが出てきます。今日の後は数ヶ月会合の機会がないとなると、なかなか難しいですね。

なかなかオンラインミーティングをやる機会がないなぁ。メリットとデメリットを比較した記事などを読んでも、自分が体験できていないので消化不良なのですよね。残念でなりません。

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果報を待つわけではないけれど

今日はたくさん昼寝をしました。細切れですが、寝ました。

なぜか部屋の中にキャンピングチェアが展開されているので、そこに腰掛けたままとか。

ベッドから落ちそうなほど隅っこで、とか。

全然安定しない場所ばかりですが、ここ数日で失った体力を回復させるために必死でした。

そうして迎えた夕方。今日はお通夜がありましたのです。体力もいよいよ回復して、ばっちりとお勤めができました。仕事に向けて調整していくときの自分の真剣さは素晴らしいと自画自賛

やっていることは寝ているだけですが、寝ているだけというのも、40も半ばの大人にとっては大変難しいものです。普通に考えてやることもあるし、仕事の電話も鳴ってるし(鳴ってた、が正解)。子どもたちからの荒野行動をやろうというリクエストもスルーして。

よく頑張って寝たものだと。

明日は葬儀の後に、会合のために車を走らせることになります。今夜もしっかり寝ておかないとね。頑張って寝るぞ!

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電子コミックは、イカンよ。あれはイカン。

今月の小遣いがすでに無くなったのでは、と思われる今日(こんにち)。

Twitterに流れてきて、時々眺めていた漫画の単行本を、ついつい買ってしまいました。全3巻で完結だというのでとても手を出しやすいし、ところどころを作者さんがツイートしているので、話の流れがどうしても気になって。

ほんの少し前までは、本が欲しいとなったら本屋さんまで買いに行くか、クロネコヤマトに注文するか、ぐらいしかなかったのです。懐かしいなぁ。サービス名はなんと言いましたっけね。

閉店間際に駆け込んで、パンコン関連の技術書を漁りに行ったこともありました。結婚するとそういうのって、しづらくなりますね。アパートで二人暮らしとかだと、また違うのかな。一緒に出かけるというのもしやすいのかも。ないものねだりですが。

今ではそんな過程は全てすっ飛ばして、ネット上でポチッとすれば画面ですぐに読めます。さすがに今日はすぐに読むほど暇なタイミングではなかったので、しはらくしてからのお楽しみではありますが。

今回は3巻だけなので、まだ後ろめたさは少ないですが、これが既刊20巻とかなると、最初に数巻をまとめ買いして、時期をおいてちょっとずつ楽しもうとか考えるのですが、大概の場合はそれでは済まず、そんな集中力どこから出てきたの!?というぐらいのスピードで買った分を読破し、あと一冊、あと一冊、と言いながら出ている分全部買ってしまう結果になることも、ありえない話ではないというか、何度かあった。

本屋へ行くという大きなワンクッションがあれば、こんなことは発生しないのです。正太寺からですと一番近くても片道15分はかかりますから、独身で好き勝手時間を使えた時でも、さすがに1日2回の本屋通いはしませんでした。月給10万円、国民年金はそこから払ってね(ハート)という収入の少なさもありましたけれど。

というわけで、電子コミックの危険度を啓発する日記でした。皆さんも気をつけましょう。そして、読みたい本がすぐに読める世の中になったことに、乾杯!

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マスクと消毒とソーシャルディスタンス

今日の夕方になって首相がGo To事業の調整を発表しました。欧米諸国のように感染爆発しないのは国民の民度の高さとか言われていたわりに、それに依存した政策を取ったら感染が広がってしまった、という認識になってしまったようです。

個人的には、Go Toトラベルは原因になった言えるほど影響を与えていないと感じています。多分、数字でも出ていないでしょう。Go Toイートは、食事中の感染率の高さへの警戒感を薄めてしまう効能があったかもしれません。それとて、政府の分科会で提言された食事中のマスクの使い方は大袈裟にしても、そこまでしないとうつる可能性が高いということを認識できていれば、ここまでの感染拡大はなかったかもしれません。

昨日、Twitterで、食事中の感染の広がり方の事例集のようなものを見かけました。どんな状況で、うつった、うつらなかったという事例です。対面で座らないとか、マスクをどの程度していたか、滞在時間は、などなど、そういう情報が載っていました。

当然新型コロナの分科会にはそうしたデータがあり、それを検討した結果としてのマスクの使い方の提言だとは思うのですが、細かな事例をもっと全面に出して周知するというのも必要だと思います。マスコミの仕事かもしれませんけれどね。

介護施設では、食事の際にその後に陽性反応が出た人と同じ席についても、対面していなければうつらなかったという事例が出ていました。斜めに座るという、肌感覚では対面するのとそこまで違いがあるのだろうかと疑問がわきますが、クラスターが発生した介護施設での事例として出てくると、とりあえず斜めに座ろうか、という気になります。

そうした細かなことの積み重ねで感染が抑制できるというのであれば、情報としてどんどん出してもらいたいものです。そんなワイドショーなら毎日見る。

というわけで、今日は家族でお出かけ。他県への移動ですが、実のところお隣の浜松市と比べたら平穏すぎるぐらい陽性者の出ていない地域です。

それでも、観光地ですから対策はしっかりしていて、こまめな消毒に、そこらじゅうに置かれたお客さん用のアルコール消毒液。来ている人はみんなこまめに消毒しています。分量も多くの人が十分な量、手が全体にびっしょりする量ですね、使ってるように見えました。

その一方で、サービスエリア内のコンビニでは、入店の際には手洗いをお願いしますと書かれていて、入り口にちゃんと手洗い場があるのですが、気づかずに入ってしまう人多数。数人が手を洗う順番を待っていると、手洗い場の掲示が隠れてしまって気づかない確率がぐんと上がっていました。手指用の消毒液も並べて置いてあるので、せめてこれがもっと目につけばと思うのですが。地元のコンビニでも入り口には消毒液は置いてないので、コンビニに入る際に手指を消毒するというマインドがみんなの中にないのかもしれません。

私も妻も携帯用のジェルタイプのものを持ち歩いていて、普段から、お店などに入る時と出る時には欠かさず消毒するようにしているのですが、珍しいことなのでしょうか。

今日出かけた先は、期待通りに空いている場所。こう書くだけで東海エリアの人にはどこのことか分かるかも、というほどの場所です。

そしてやはり期待通りに空いていて、ソーシャルディスタンスはばっちり確保できました。もし今日の状況で感染するようなことがあったら、おそらく防ぎようがないウィルスなんだと思います。

家族でこうして出かけていると、その都度、どうしたら感染のリスクがあるか、教えながら過ごすことができます。自宅にいたら一日中は一緒にいられません。私は仕事しちゃうし、子どもたちは勉強もあるし。出かけたおかげで伝えられる知識もたくさんあるわけです。

そして、迎える側も一所懸命準備をしてくれています。コロナ不況で経営が苦しい中、惜しむことなく消毒液を用意して、働いている人も嫌な顔一つせず消毒作業をこまめに行っていました。今日の訪問先が特別なのではなく(でもすごくしっかりしていたから安心でした)、日本中でこうした対策をして、お客さんを待っているんです。

その期待に応えるべく、こちらも万全の対策をして出かける。だって、もしそこで感染のきっかけを作ったりしたら、きっと営業休止に追い込まれたりするんです。申し訳なさ過ぎます。ですから、出かける前の生活にも十分に注意しなくてはなりません。

出かけるにあたって、なかなかに覚悟が要りますが、今はそれを当たり前として受け入れるしかありませんからね。私は、出かける側、出かけてもらう側、それぞれが協力して安全な空間を作り上げることに特別なものを感じます。年代的には私はまだ重症化する確率はかなり低いようなのですけれど、私の周りにいる人は、確率が高めの方ばかり。とことん気をつけて、その上で特別な時間として過ごしていけたらと思います。

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コロナに関してグチって良いですか

小池都知事が5つの小というのをわざわざフリップまで作って都民にお願いしていましたが、なんというか、まだそんなお願いをしなきゃならないレベルなのか、という感想です。

当たり前にやってるんじゃなかったの皆さん。

新型コロナの感染経路としては、飛沫と接触がメインです。接触は予防が出来ます。手洗い・消毒。なるべく物を触らない。

飛沫感染の予防はとても難しいです。マスクをしても、していないよりはマシ、という程度。じゃぁなぜマスクをするのかと言えば、自分の飛沫をとばさないためです。感染者がマスクをしているかしていないかでは、飛沫の届く距離は全然違ってくるそうです。

ウィルス自体はマスクの編み目よりも小さいですが、飛沫にくっついて飛んできますから、感染者のしているマスクで飛沫をキャッチする、これは周囲の人にうつさないためにはとても効果があるわけです。

予防は手洗い・消毒以外にできることはあまり多くありませんが、人混みに行かないのは大事ですね。でも、すいているところでも、感染者がマスク無しで大声でしゃべっていたら、感染する確率はとても高くなります。

無症状だったら本人も分かりませんからね。体調の善し悪しに関わらず、人が近くにいるときに声を出すなら、マスクは必須です。無症状の人からうつったら、その人も無症状、というのであれば気は楽なのですが。

そうしたことを考えていれば、5つの小であげられていることは、自主的に実践しているべきことばかり。できていなけりゃ、そりゃうつるわ、というほどのものです。

感染予防、拡大予防のために出来ることは、実際のところこういうことぐらい。自治体が動こうと国が動こうと、個人個人が気をつけるしかないわけです。逆を言えば、こうしたことを気をつけていれば、かなり感染を抑えられるはずなんです。食事後もマスク無しでしゃべり続けちゃだめなんですよ・・・

もう一つ。お昼のワイドショーで、コロナ感染対策でトップがリーダーシップを発揮しないから、誰についていっ良いか分からない、誰が責任をとるのか分からない、なんて言ってました。

いつから日本は専制政治になってしまったのか。

日本の主権者は日本国民です。日本の国がどうなるか、その責任を負うのは日本国民です。自分たちの国を自分たちでコントロール出来るのですから。政治の結果責任は確かめるまでもなく総理大臣が負いますが、日本の行く末に責任を持つのは日本国民です。

誰かについていく、なんて情けない話が、いつも物知り顔で報じているメイン司会者の口から出るなんて、ショックでした。都合の悪いときだけ誰かに責任を擦り付けるなんてね。

などなど、ワイドショーを見ながらグチが出てしまうことが多いです。日記にまで書いてしまったので、今後は自重します。ワイド「ショー」なんだから、真面目に見ても仕方ないんですけどね・・・

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古いiPhoneを活用しよう

退役したiPhoneの活用先として、iPhoneならではの使い方をしようと思い立ちました。なんで今まで気づかなかったかー、これ。

iPhone及びiPadMacというAppleバイスは、iPhoneへの着信を受けることができます。同時待受できるのです。同じローカルネットワークに接続していることが前提ですので、家庭内や職場内に限られますが、これは便利。

iPhoneに電話がかかってくると、Macの画面に受話ボタンが出るんです。楽しいですよ。

お寺の代表携帯電話として使っているiPhoneを、お寺の中で常時持ち歩くのはなかなか大変で、でも近くにない時に限って着信があったりして、どうしたものかと思っていたのですが、退役して休眠しているiPhoneを、上記機能で言わば子機扱い出来るということに気がついたのです。

寺務所にSIMの入ったiPhoneを置いておき、生活エリアに子機としてのiPhoneを置いておく。これなら出損ねも減りそうです。

最も、最近出れなかったケースお医者さんや薬局の待合室にいて出れないということばかりでしたけれど。

今回活用するのはiPhone6。もう何年前の機種でしょうか。11、XS、X、7、6S、6と遡れるので、6年前かぁ。最新のiOSを入れることはすでに出来なくなっていますが、動きがやや緩慢かなという程度で、普通に動きます。これでまた活躍の場が出来て、愛着も増すでしょう。デジタルなものって寿命が短いイメージがありますが、こんなに長く使えるデバイスって、良いですね。

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