書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

日帰り名古屋とカメラを構える勇気

滞在時間4時間弱の日帰り名古屋。空いた時間にAppleストアへ行って来ればよかったなぁ。買うものはないけど、あの空間に居たい。

最近の私は都会が好きなのです。入出は好きだけど、都会にも魅力を感じます。今の経験値を持ったまま20代を過ごせるとしたら、都会で暮らした方が可能性を広げられそう。しかし、実際の私の20代の頃の能力では、都会の持つ長所は活かせなかったでしょう。結局、無いものねだりなのですよ。

人が多い。それが私が都会に感じる一番のメリットです。その気になればどんなタイプの人とも知り合いになれる。

今それをこの入出で実現するとしたら、VRChatに集う猛者たちと知り合いになることでしょうか。道具は揃っているけれど、体力が足りねえ。時間が無いのは言い訳に過ぎないけれど、体力がないのは現実。しんどい。

そんな私が都会の範疇に数える名古屋の市内へ数時間いたわけです。上に書いたごちゃごちゃした思いは置いておいて、都会に行ったら写真を撮りたいと考えていました。都会の写真を撮るには、都会に行くしかありません。滅多にないチャンス。

しかし、愛用のカメラを持ち出すこともなく、滞在を終えました。

人が多いんですもの。カメラ構えるのが恥ずかしいんです。

都会の造形というのは、人が関わっています。人が関わらなければその形にはならないもので溢れています。どこをどう撮っても良いんです。写ったものの中に必ず人の関わりがあり、長短問わずに関わった人の痕跡を感じることができます。

自分でもそれらを写真におさめてみたいのですが、カメラを構えられない。

たくさんの人がいる中で、その中の一人がどこにカメラを向けていたって誰も気にしないと分かっていても、みんなが見ているような気がして怖いのです。スマホさえ取り出せない。

家族と一緒にいて、家族を撮ったり、家族の見ているものを撮ったりするのは平気なのです。でも、一人でカメラを構える、それがどうしてもできませんでした。

この年になっても、私に都会は分不相応でありましたか。なんとも悲しい事実を突きつけられた滞在となりました。次の機会には必ずカメラを構えよう。どんなに恥ずかしくても、必ずカメラを構えよう。踏み出せない一歩を踏み出そう。

頑張るぞー、おー!

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