書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

日常。日常。日常?

自分の日常がよく分からなくなりました。どこまでが自分なのか。いろんな肩書きがついていろんな会議に出て。次々に次の会議の出欠確認が届いて。

脚下照顧。

これはとても大切な言葉です。自分の立っているその足元を、いつも意識していよう。お袈裟をつける時に唱える搭袈裟の偈と同じくらい好きな言葉です。

毎日長時間見ているパソコンのモニター横にでも掲げて置いたらいいかな。お寺に行くとよく玄関に木札に書かれて飾られていますね。靴を揃えましょうという注意喚起の意味だけではなく、とても良い言葉だからです。そして、常に意識していないとすぐに忘れてしまう言葉でもあるからです。

お盆が終わって日常が戻ってくると思ったのに、色々と忙しくて日常が戻ってこない。ところで、戻ってくると思っていた日常って、あなたの日常ってどんなものですか?

今はそんな問いかけをするべきタイミング。

役を受けたら欠席しても問題ないような会議にも出席して、仕事に影響が出そうでも予定枠を確保して。自分が思う以上にお人好しで、自分で自分を振り回している。

完璧に日常の自分です。私の日常はどこにも行っていませんでした。常に私と共にありました。

とりあえずそれぐらいまで思考を進めて、落ち着きを取り戻しました。

見つめると落ち着くんです。今風に言えばライフハックです。ライフハックで終わらせるには仏教はもったいないので、ここからさらに思考を進めるなり体験を得るなりすると楽しくなります。簡単であろうが難解であろうが、辿り着いたその先に、さらに一歩を進めるのが仏教です。

進めましょう。立ち止まらず、進みましょう。

でもね!

寝る時には寝ないと死んじゃうよ!

脚下照顧以上に、忘れてはなりません。

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