書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

曲を作って見たい気持ちがくすぐられる

久しぶりに智次郎さんの動画を見たんです。しばらく余裕がなくってお預けにしていたんですが、ちょうど既存楽曲のリミックスの映像だっていうんで、ワクワクで視聴しました。

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昔っから音楽は大好きで、ものにはならなかったけれどピアノを習ったり、中学は吹奏楽部へ入ったり。高校は一番興味のある分野へ突き進んだので音楽は聞くだけでしたけれど、ずっとずっと興味のある分野でした。

最近になって、コードを覚え、メジャーなコード進行というものを参考にすればそれっぽいものが作れたり弾けたりしちゃうんじゃないかと気づき、さらに興味が湧いていたところです。

iOSアプリを作ったり曲作ったりで大忙しなCHEEBOWさんアプリ開発はitok名義)のこのビデオをだいぶ前に見つけて、ようやくじっくり見ているところ。 (itokさんと同一人物というのは私の勘違いでした。なんでそう思い込んでいたのか不明ですが、今の今まで同じ人だと思っていました・・・。すいません。すいません。すいません。)

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これ見ていると、本当に作れそうな気がしてくるんです。

気がしてくる、って大事ですよね。悟りだって開けそうな気がしなきゃ目指せないし。最初の一歩を踏み出すためには、そう思えることが何より重要。

そういう意味ではベネッセのあの漫画はよくできてるよなぁ。実際やってみると真似できないんだけれど。

オウム真理教の勧誘もまた、同じような仕組みだったのでしょうね・・・。

勧誘する側に、理性と自制心が正しく備わっているかどうかを、勧誘される側が見抜くことはとても難しいし、一度そのスイッチが入ってしまったらオフに戻すのもまたなかなか難しいので、これからも同じように繰り返されて行くんだと思います。悲しいかな。我々伝統仏教宗派の僧侶がその魅力をちゃんと伝えられていれば、カルト宗教に人生を奪わせる人たちを減らせるはずなのですが。

なんの話でしたっけ?

音楽ですね。音楽。音楽も宗教的な部分が非常に強くありまして、それは宗教から生まれた音楽というものもたくさんあり、、、宗教と関連づけるのは今日はやめましょう。

誰に勧められるでもなく、純粋に自分の気持ちから湧いて出た好奇心というのは、とても大切なものです。その好奇心、困難にあたってはそれを乗り越える力にもなります。他の分野の困難でさえ乗り越える力にもなりますから、好奇心というのは見つけたら即座に確保して大切に育てましょう。

ただ現代社会では、例えばスマホを経由していろんな情報が目に飛び込んできます。純粋に自分の好奇心だと思っていたものが、実はそうして目に触れた情報から知らずに形成された好奇心だった、なんてこともあり得ます。今の時代を生きるのはとても難しい。難しいのです。昔から生きるのは難しかったけれど、今はもっと難しいのです。

自分を見つめる時間があると、自分のことが少し分かるようになります。曹洞宗として勧めるのは坐禅ですけれど、熱中できることがあるならそれも良いと思います。体を使うことが伴うと、見つめやすいかもしれません。じゃあ坐禅は不向き?それがそうでもないんですよね。やってみると。慣れないうちは全身運動です。力が抜けるようになる頃には、自分と向き合う時間が取れるようになっていますよ。

www.sotozen-net.or.jp

自分を見つめるためにやるものかというと、実のところそうでもないのですけれどね。

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