書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

久しぶりにお経回りに集中

実は葬儀が続いていて、準備やら本番やらに追い立てられていました。住職に就任して6年ぐらいかな。初めてのことです。その間に葬儀に関するあれやこれやにはだいぶ習熟できたので慌てることはないのですが、暮れのお経回りをしながらというのがなかなかに負担となっていて、しんどさを感じることも多々。

ついでに言うと、先日耳鼻科で処方された薬が、それまでの薬よりレベルアップしていて、どうやら眠気が誘われている様子。中学生の時に蕁麻疹で処方された薬以来、眠気を催す薬には出会っていなかったのですが、一日通してずっと少し眠いという状態。

薬をやめたから何かが悪化するという状況ではないので、3日ほど服用ストップして、なんとか調子が上向いてきました。就寝前の一錠で、一日効くんですから、通常であれば喜ばしい効果なのですが、眠気を伴うのはなかなか辛いですね。

本来は花粉症の際に処方されるようで、花粉症の人たちはこんな眠気と戦いながら仕事をしているのかと、実体験をした気分です。それでも花粉症の症状をもろに受けるよりはマシということなのでしょうから、私がまだ花粉症になっていないことにただただ感謝。いつなるか分からないですからね…

そんなこんなで全体的にぐちゃぐちゃだった数日を経て、今日は久しぶりにお経回りだけに集中できました。日常って、いいですね。本来の日常よりはだいぶ忙しいのですが、年中行事が落ち着いてできるというのは幸せです。マスクは外せないし、消毒は頻繁にしなくちゃならないし、例年よりも手順が増えて大変ではあるのですが。

冬場になると起こるいつもの手荒れにまだなっていないので、アルコール消毒も苦ではありません。ちょっとした切り傷でも染みて痛いですからね。痛みを耐えて消毒をする価値は十分にあるのですが、でも痛いのは辛いですから。医療関係者の皆さんはずっと昔から日常的に消毒をしていたわけで、手荒れの時期は大変だったんだろうなと、ようやく意識をすることができました。我々和尚も、大変だねぇと労われることが多いですが、いやいや、医療関係の方々に比べたら、全然ですよ。

我々が良い医療を受けるためには、病院が黒字経営で、そこで働く人たちの収入が多い方が絶対にいいわけです。なぜかそこで妬みの対象になってしまうことがありますが、それは間違っています。コロナ禍を機に、その辺りの考え方も、より前向きな方へ変わっていくといいなと思います。大多数の人はお医者さんが高給であっても何も文句はないのでしょうが、文句のある人の声というのは大きくなりがちなので…

せっかくお経回りに集中できた日なのに、日記の内容は集中力に欠けていますね。この辺にしておきましょう。明日は半日お経に回って、午後はお休み。子どもたちとおしゃべりができるかなぁ。疲れが溜まってると、私が寝ちゃうんですよねぇ

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