書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

法話をさせていただきました

湖西市では各地区でいきいきサロンという、高齢者がいきいきと過ごすための施策を具現化した事業が開催されています。ある地区のいきいきサロンで、正太寺に寄ってお弁当を食べ、法話を聞きたいという相談を受けました。


正確には、受けたらしい、です。


お寺の予定表に書き込まれていたのですが、そのことにすら気付かずに私は過ごしていまして、おとといになって突然、私がやるように言われました。


いやいやいやいや、私にもそれなりに予定というものがですね、あるんですけれどね。


今さら断ることも出来ないので、なんとか調整しまして、かろうじて落ち着いた体制でお客さんをお迎えすることが出来ることとなりました。


到着された際に、どの程度の時間の法話を求めているのかを聞いてみると、今日の予定を細かくは立てていないので、おまかせします、とのこと。お年忌の際のお説教は15分程度ですよとお話ししたら、ではそれを少し膨らませてもらって、と。


そ、そうですか。15分ではなく、もう少し長めを期待されていたのですね。


そんなに長い法話はしたことがありません。いつも限られた時間内での法話です。なるべく短く簡潔に、本人はそうなっていると思ってお話しをさせて頂いていました。


15分じゃないとなると、人間の感覚からして、30分以上を期待されていたと言うこと。でも、お説教は15分と匂わせたので、たぶん30分程度に期待値は下がったはず。


勝手にそう了解して、普段のお説教の内容に、あの時話した話、この時話した話、とくっつけまして、あらすじを作成。時間は無いので頭の中にあるだけです。


そうして話し始めて、思いの外居眠りをする方も出ず、良い気分で30分ほどお話ししたところで、区切りが付いたのでおしまいとしました。


昼食直後、珍しくぽかぽか暖かい本堂で、30分もお話ししたのに、がっつり胸ってしまった方はいらっしゃいませんでした。途中眠そうな表情の方もいましたが、ずっとではありませんでした。


これは、ちょっと、自分にとって自信になりましたよ。面白い話や役に立てる話が出来た自信はありませんが、曹洞宗の考え方は少しはお伝えできたと思いますし、それでいて退屈そうな方も見受けられませんでした。内気な私ですが、ちょっと自信にしたいと思います。


でも、もしかしたら、若いお坊さんが話してくれるんだから、一所懸命聞かなきゃ、と気を遣ってくださったのかも知れませんし、ほんとは眠いのにそれを表情に出さない術を心得た方ばかりだったのかも知れません。


でも、それはそれでありがたい事ですよね。そうした心配りのおかげで、貴重な経験を積ませてもらえたわけです。ありがたい。この上なく、ありがたい。


またこうした機会がいただけたら、臆せずに挑戦しようと思います。今日の話、録音しておけば良かったなぁ。推敲して整えれば、後々再利用が出来たのになぁ。