書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

お別れに行って少し気持ちは楽になった

先輩の葬儀が、今日明日で行われます。通夜(逮夜)は教区内寺院で執り行うということで、教区外寺院はその前の時間帯にお越しくださいとの案内でしたので、早い時間に行ってきました。

一般の参列の方も非常に多く、大混雑。時間帯を分けてお勤めをするわけだなぁと感じました。お袈裟をつける余裕もなく、行列に並び、棺の中に眠る先輩に声をかけ、お焼香を。その後の動線上にお身内から並んでいらしたので、声をおかけしてお悔やみを申し上げました。

先輩の師匠、それに大奥様は、私の師匠夫妻とも旅行に出かけたような仲でした。弔問に伺ったのに、私の方が気遣われてしまいました。

大混雑だったために、読経もできませんでしたが、おかげで大泣きせずに済みました。どうせこれから思い出しては泣くのだから、それでよしとしましょう。

さて、最近は葬儀の時ぐらいしか他の和尚さんに会う機会がないように思うのですが、そんな場でふと感じたのが、私もようやく中堅どころという年齢になってきたのかな、と。

今まではいくら歳を重ねても若手から抜け切らないような感触がありました。自分の心持ちもそうですし、周囲との関係もそのような状態でした。

もちろん、後輩は少しずつ増え、今まで自分が担っていた役割を後輩に任せる場面も多くなったのですが、それでもまだ、若手の範疇であったように思います。

それが、今日、なんとなく、中堅になったかも、と感じたのです。

還暦になっても若手なんじゃないかと思えるほど、私より上の世代の層が厚いのですが、そこにちょっと食い込める時が来たのではないか、と。

いや、そんなことを思っていると、ペシっとやられてしまうかな。実力も伴わないのに自分は中堅だなんて思っていると碌なことにはなりませんが。さて、周囲の評価はいかに。

中堅になったからといって、今までと何か変わるわけではありません。周囲の大先輩たちに気を利かせるタイミングが、ワンテンポ遅くなるぐらいでしょうか。もっと若手がいた際に、ちゃんと仕事を譲れるように。

会社のように一つの組織というわけではなく、時と場合に応じて集合離散する集団ですから、集団の構成員によって私の立場は上にも下にもコロコロ変わります。それでも、最若手には成りづらくなってきたから、中堅かなぁと思います。

うん。中堅。そうだな。中堅。中堅には中堅の役所からありますから、それをしっかり果たせるように、私が中堅の方々だなぁと思っている皆さんから、ちゃんと学びとるように心がける日々が、始まりました。

・・・中堅というのも、難しい立場だよなぁ。

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