書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

今年も無事に終わりました

無事だったのかな。ちょっと怪我した子もいましたので、そのあたり少し心配ですが(診察の結果は大事ないとのことですが)。
カリキュラムはすべて終了し、片づけもおおかた済んで、先ほど18時半過ぎに帰ってきました。


坐禅を何回したでしょうか。法要もたくさん。食事も坐禅堂で坐禅をしながらいただきました。より本物の修行に近い形です。久しぶりの坐禅で、足の付け根が痛くなってしまいました。情けない。


私の出番の食事作法指導も、理想よりはしっかり出来なかった印象でしたが、想像したよりは失敗することもなく、自分で言うのも何ですが、及第点でしょうか。まあまあでした。
まあまあで満足してはいけないのですけれども。
反省点は、準備不足。とっかかりのお話はたぶんばっちりだったと思うのですが、肝心の食事作法について細部の確認が不十分で、ところどころその場で確認をしながらになってしまいました。かっこ悪かったです。ただただ残念。
事前に一回でも実際に一通りやってみて確認しておきさえすれば良かったことが、昨年やっているからという油断です。残念。


自分の反省はこのぐらいにして、子どもたちについて気がついたことを。
正座に弱すぎます。
あまりにも弱すぎます。
10分も持たないとか、そんな次元ではなくて、やる前から痛いと言わんばかりでした。5分もすれば足を崩してしまいますし。


私の感覚からすれば、「今からの時間はみんな正座でがんばろう」ということになれば、一番に足を崩すのはとてもかっこ悪いことなんですよ。だからみんな必死に我慢する。少なくとも、私の子供の頃はそうだったと思います。


でも今の子にはそれがなく、すぐに足が痛いといいだし、1人が崩せば我も我もと崩し始めます。ほぼ全員が足を崩すのに2分もかかりません。見ていてとても悲しかったです。


親の世代の影響もあるのかもしれません。
正座が出来るのは、今まで何度もお年忌をした経験からすると、いわゆる「おじいさん、おばあさん」の世代の人だけで、それよりも若い人はすぐに崩してしまう人がほとんどです。
もし自分の親がそうであれば、子どもも当然のように崩すようになるのも無理はありません。子どもは親のことを想像以上によく観察していますから。


自分も親になりましたから、いつもそういうことに気をつけていないといけませんし、他のみなさんにも、同じように気をつけていて頂きたいと思います。
正座って、思ったよりもする機会が多いですよ。とくに、出来ないと恥をかく場面で。がんばりましょう。