12時開式なので、11時過ぎにお寺到着し、打ち合わせ。
今日の出番は3回だけなのでたいした内容でもないですが。ポジションが目立つだけで、裏方さんのほうがよっぽど大変です。
それにしても。
僧侶の葬儀というのは、おっさまが多過ぎるせいか厳粛さに欠けますね。矛盾してるように思えますが、事実です。
お葬式慣れした人がたくさんいるということですから・・・
控え室などでも気が抜けたりするんですよね。よく言われる、葬儀前後にお寺さんは笑い話をしていて不謹慎だ、というやつです。この人たちはそう思われていることをどれほど自覚しているんだろうか・・・と感じてしまいます。
また、手順が複雑でやり慣れない儀式なので、なんとなくどたばたしますし、自信を持ってやっているという感じが普通より薄いです。
お檀家さんの葬儀のほうがよっぽど集中していて、厳かに行われているように思えます。
お寺の場合は、密葬と本葬と分けてやるのが普通なのですが、最近ではそれだと負担が大きいため、いきなり本葬をやってしまう場合が増えてきました。
でも、遺族親族のためには、密葬を行った方がしんみりできて良いように思えます。
今日だって、お葬式らしい悲しみに包まれた雰囲気というのは、火葬場まで行ってようやくでしたから。
喪主もこの頃にようやく儀式の進行にとらわれずに済むようになりますしね。他の親族はともかく、喪主が涙を流せるのは、この瞬間まで無いんだろうなぁ・・・
和尚といえども、一人の人間です。規模は大きいけれど、なんとなく事が進んで悲しむときがない葬儀よりも、ちゃんとみんなが悲しめる葬儀にしてあげたい。
葬儀とは悲しいものなのですから、当たり前のことを、当たり前に。それこそ仏教の教えだと思います。