書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

三が日最終日

いよいよ三が日が終わります。朝課では大きな失敗をしてがっくりしました。最終日にこの結果は残念。来年はノーミスを目指して頑張ります。

午前中はお役僧で過ぎて行きました。葬儀控え室では、新年の挨拶が交わされるのです。場所が場所だけに皆一様に若干の戸惑いを見せながら、それでも新年の挨拶をします。

午後は、ちょっと早い気もしますが、お正月の片付けに入ります。正月用のお飾りをすべて撤去。兄弟が手伝いに来てくれて、ものの2時間で普段の正太寺に戻ってしまいました。

夜は今夜も外食。理由があります。明後日から小学校は三学期に入ります。冬休み最後の外食をしたいのですが、明日はお通夜があるので出かけられません。そうすると、自然と今日になってしまったのです。

いつもは子ども達の好みを優先してお店を決めますが、今回は年末年始のお疲れ様の意味合いで、親の行きたいところへ。年に一度ぐらい、いいでしょう。

夜になり、年賀状の出し損ねを出す準備をしようと椅子に座ったものの、そのまま寝落ちしてしまいました。起きても全然ものにならず。時間も日が変わっていましたし。そのまま寝ました。当然この日記は翌日書いているわけです。

まだまだ正月進行は続きますが、それでも一応の区切りを迎えたということで、気持ちがどこかで切れたのかもしれませんね。普段では考えられないほど長時間の寝落ちでした。疲れもたまっていますし、慢性的に寝不足です。そろそろこの辺り、解消するべく努力が必要です。

今年は少しは体に気を使って過ごしたいと思ってはいますよ。

例年通りに進む二日

今日は法幢師様のところへお年始のご挨拶へ。浜松市内ですが、東名高速をつかって40分ほどで到着です。近い近い。

法戦式をさせていただいたのがもう21年前?かな?私が21歳の時でした。習儀(練習)のために短い期間に数度通ったことが、つい先日のことのように思えるのですが、もうずいぶん昔のこととなってしまったわけです。

開始時間を1時間間違えて慌てて向かったということもあったなぁ。あの時は焦った。今なら「ちょっと遅くなりまーす」と電話して悠々と出かけるだろうに。もっとも、あの時はほぼ私のためだけに大勢の随喜の皆さんが集まってくださっていたわけで、私を待つ時間はそのまま、無駄な時間になってしまいかねない状況のように思えていましたから、焦るのは当たり前でしょうか。

ここ数年は、子どもたちも連れてご挨拶に伺っています。毎年快く迎えてくださり、子どもたちのことも可愛がってくださります。本当にありがたい。管内の行事でお会いした際にも親しくさせていただいて、素晴らしい師匠を持てて幸せです。

曹洞宗の僧侶には3種類の師匠がいます。時系列順に、得度をするときの師匠、法戦式をするときの師匠、最終的に仏法を受け継ぐ師匠。法幢師は2番目に登場する師匠です)

その後、妻の実家の菩提寺にお参りに行き、そのまま妻の実家へ。ここで数時間を過ごしたあと、夕食を何処かで食べて帰宅というのがいつもの流れです。

今年もその流れをそのままトレースして、いつも通りの、それでいて、いや、それでこそ幸せないつも通りの1月2日を過ごしました。

明日はいよいよ三が日最終日。朝課でこんなに緊張するのはお正月だけです。逃げ出したい気持ちもありますが、たっぷり緊張して、濃密な時間を過ごそうと思います。

あけましておめでとうございます

無事に年が明けました。

心配することはありません。私の年内の仕事が終わっていなくたって、年は勝手に明けてくれます。

非情なほどにね。

とはいえ、ぼけ日記も当日に追いついたし、まずまず、いい具合に年が越せたと思います。

今年で二度目となる正月三が日の朝のお勤め「導師」。まだまだ不慣れです。全然スムーズに出来ませんし、緊張から般若心経がちょっと短くなってしまうし。30歳代前半で住職を継いでちょっとしたポカをするならかわいいんでしょうけれど、40歳を超えた年齢でミスをするのは、お檀家さんとしてもちょっと頼りなく感じられてしまうんじゃないでしょうか。

いやでも、緊張感の克服というのは難しいです。般若心経は他のどんなお経よりたくさん読んでいるお経です。祈祷太鼓を叩きながらという普段と同一という状況ではありませんが、それでもショートカットしてしまうんですから、避けられない事態かもしれません。

間違えることがないように、お経本をコピーしてめくらずに全文が見える状態で太鼓を叩いているのにもかかわらず、ですからね。(太鼓を叩きながらページめくりは難しいのです)

一生つきまとう問題かもしれません。そう思うと、この先気が重いです。

まだあと二日あります。明日はお経本をずっと見ながら読むのかな。それもちょっとカッコ悪いけれど。顔は前を向いたままで読める位置にお経本を置けるように工夫できないか、試してみようと思います。そんなスペース、どうやっても稼ぎ出せそうにないですけれど。

こうして私の一年は、先の展望を見据えるよりもともかく、その日一日をどう乗り越えていくかに注力することから始まりました。足元を常に気にしながら一歩を踏み出す、そんなイメージです。

脚下照顧。この禅の教えからすれば、そんなに悪くはない元日の過ごし方だったかもしれません。皆さんも、自分の判断に迷うことがあったら、私にご相談ください。こうしてうまいこと、自分に自信が持てるようにお話をさせていただきますよ。

大晦日

とうとう大晦日になってしまいました。昨夜というか、今日の未明に眠りにつく際、何度か、数え間違えて実はもう一日猶予があるんじゃないかと願ったのですが、起きたらやはり大晦日でした。

今日も昼まで位牌堂との往復がありました。その一方で、正月飾りの最終仕上げも行います。兄二人と妹が手伝いに来てくれて、仕事はサクサクと進みました。昼過ぎにはそれらも完了。

あとは自分の事務仕事が完了すれば年越しです。

あ、夜警もね。

今夜の夜警は、忘年会も兼ねています。都合のつく団員が都合のいい時間にふらりとやってこれて、OBもワイワイと参加できる気軽な忘年会。その食事の具材として使うカニが、うちに届いてます。これを詰所に放り込んで、私の準備は終わり。17時から部長と班長を中心に買い出し部隊が出発し、19時から開会です。三役が大晦日に当番が当たっている大きな理由はここにあります。夜警にはポンプ車を使いますから、つまり運転をしなくてはなりません。お酒が飲めないんです。

元々飲まない私にとってはどうということのない話なのですが、他の二人にとってはなかなか辛い話です。これもお勤めの一つです。我慢しましょう。

1月1日午前0時をもって大晦日の夜警は終了。最後まで残った団員で、地元の神社へ初詣へ出かけます。それが消防団の慣習ということなのですが、私はそこへ参加せず、素早く帰宅してお風呂に入って眠るのです。

明日も5時起き。普段なら眠い顔をしていられますが、明日はそういうわけにいきません。お檀家さんが大勢見えてくださって、共に朝のお勤めをするのです。ね、眠い顔なんてできないでしょ。

現在およそ17時。この日記を書き上げれば、事務仕事の大半が終わります。この日記も仕事なんですよ。サボれないんですよ。

あとはまだいくつかちょっとやってしまいたい仕事はありますが、もうタイムオーバーかなぁ。他にまだやらなきゃいけないことがあるので、自分の仕事ばかりしていられません。

さあ、とにかく一区切りつけて、いよいよ年越しです。年越のお経は夜警の都合もあり20時から。ちょっと早いですけどねー。

庫裏と位牌堂を往復する1日

今日は1日、庫裏と位牌堂を往復していました。お檀家さんがご先祖様にお供物としてあげるためにお寺に届けてくださったお餅やお米に、半紙を短冊状に切って作った名札に名前を墨書して貼り付け、位牌堂のお位牌の前にお供えします。

墨書するのはまだ師匠がやってくれるので私は運ぶのが主な仕事。昔はこの運ぶ作業で腰が痛くなって辛い思いをしました。

現在はお餅の代わりに「餅代」としてお金を包んでお供えする方が多くなり、運ぶのはとても楽になりました。

お餅からお米に変わり、そして今はお金。時代はどんどん移ろいで行きます。私が小学生の頃は、大半がお餅で、春休みになるまで毎朝お餅を食べ続けたというのに、今ではお正月が明ける頃にはなんになしになってしまっています。お餅大好きなので、とても寂しいですが、これも世の流れ。お寺はうまく対応していかなくてはなりません。腰には優しい時流ですしね。

もう一つ難しいのが、該当するお位牌を探し出す作業。入出のお檀家さんについては初どきの際にお位牌を出し入れするのでだいぶ覚えましたが、遠くに離れれば離れるほど、どこにお位牌があるか分からなくなります。10分ぐらいお位牌を眺めながら位牌堂の中を何周もして探し続けることもよくあることです。

過去帳が電子化されていますので、スマホからアクセスしてお戒名を対照して探すんです。昔それが出来ませんでしたので、さらに困難を極めました。大半頭に入っていた師匠には、恐れ入ります。

1日歩き回り、夜には再び事務仕事。まだ年が越せません。明日、大晦日の夜は夜警当番ですから、集中できる時間が確保できるのは、今夜だけなのです。だいぶ目処はついたものの、まだひと頑張りが必要な状態。今夜も1時就寝で頑張ります。

灰作務日和

今朝は風がほとんどなく、灰作務日和でした。お寺の玄関先に新聞紙3枚で灰作務エリアを作り、お寺中の香炉の掃除に取り掛かります。

新聞紙、1枚は香炉を置いて、灰を入れるエリア。1枚は灰をふるいにかけるエリア、もう1枚は、ふるいにかけて残った線香の燃えかすなどをあけるエリア。この3枚の上で見事な灰作務さばきを見せるわけです。

最終的に香炉に入れた灰は、通常ですと灰ならしと言って、平らなヘラのようなものを使って表面を綺麗に真っ平らにするのですが、正太寺で使っている灰は目が大きく、灰ならしには向いていません。どうするかというと、香炉を左右に振って平にした後、下に軽くトントンして灰の中の空気を抜いたら出来上がりです。とっても早い。

灰作務の所要時間に占める大半がこの灰ならしなので、それが簡単に済ませられるこの灰が、私は大好きです。線香の燃え残りも少ないのが特徴。良い具合です。

というわけで、大小20個ほどの灰作務を、1時間ほどで終了。お疲れ様でした。

午後からは本堂の荘厳。お正月用に幕を張ったりして少しきらびやかにします。お盆の時と全く同じものなのですが、不思議とお正月らしく見えてしまうんです。なんででしょうね。

お盆と違うのは、歴代住職をたたえた掛け軸を西側にズラズラーとかけること。道元禅師から始まり、御開山、開基様、歴代住職と並べてくると、先先代でぴったり。先代、つまり私の師匠が入るスペースがないのです。

なんなら掛け軸を作るお金もないですけどね。先先代とさらにその先代の掛け軸は師匠が作ったので、次代の住職に任せようかと思ってしまいます。

夜は事務仕事。夜警に顔を出す時間がありません。団員が頑張ってくれているというのに、分団長が顔も出せないなんて申し訳ない。そして今夜も1時。お肌が荒れてしまいます。

アクセル全開で年越し準備を

今シーズンの冬休みにも別れを告げて、いよいよ年越しです。学校の宿題の絵日記を書く題材は与えたので子どもたちの宿題もこれで終えられることでしょう。

本堂周りの窓ふき掃除。外回りはお稲荷様のお祭り前に終わらせているので、今日は内側から拭きます。本堂正面の引き戸のガラスがいくら磨いても綺麗にならない不思議なガラスなのですが、今回も綺麗にすることはできませんでした。これもしかして、外してホースで水をかけながら強力な洗剤つけてモップで磨くぐらいの勢いじゃないといけないのかな。他の部分が傷だらけになってしまいましが。

あまり深く追求せず、次々に窓拭きを終わらせていきます。数が多いので、一箇所に立ち止まるっていては、いつまでたっても終わりません。

今回は長女も窓拭き部隊として参戦してくれました。大変ありがたい。おかげで楽ができました。

本堂周りは午前中に終えられたので、午後からは庫裡の掃除。こちらも窓拭き。それから台所の換気扇とか。換気扇も年に一度しか行わないので手がかかります。マメに掃除すれば楽にできるというのは分かっているんですよ。分かっていて出来ないんだから、もうそれはしょうがないのです。

その後は事務的なお仕事。今年度の会計をしめるための事前準備です。正太寺では光熱費などいくつかの費目について、お寺と代表役員とで按分しています。お寺で生活していますから、全額お寺の経費ではないし、全額個人の費用でもありません。これが住職や僧侶だけが暮らしているのならば全額経費でも良いはずですが、家族と同居の場合は按分処理するのが一般的です。

一旦お寺の経費から支払ってしまっているので、12月末時点でのそれらの経費を合計し、按分し、代表役員分をボーナスとして支給したことにして、お寺の当該費目から減額します。

つまり、手にしていないボーナスがここで発生するのです(先払いして光熱費に充当したことになる)。そして、このボーナス額が算出されないと、納税ができません。納税期限は新年早々に控えていますので、なるべく早くこの計算をしなくてはならないのです。

というわけで、今日はそこまで持っていくのが目標。そしてなんとか目標達成。

しばらく前から午前1時就寝、5時起床が常態化していて、月曜の夜だけはそこから解放されたのですが、今日また復活。睡眠不足が続くとまぶたがピクピクしだすのですが、もうピクピクしています。ちゃんと寝ないと大変よろしくないのですが、どうでしょう、明日は寝られるかなぁ。