書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

人権学習現地研修会終了

2日目です。今日は観光のみ。実質、研修は昨日だけということになります。なぜかといえば。


人権学習は、曹洞宗の場合はその経緯から、被差別部落問題が学習対象となりやすく、また、その経緯のためもあって厳しく糾弾されてきたという流れがあります。


その経緯とは、依然として被差別部落問題が残る現実がありながら、時の曹洞宗宗務総長(宗務庁トップ。曹洞宗の事務方トップと言うことです)が、1979年に開催された世界宗教者平和会議に於いて、日本には差別はないという趣旨の発言をしたというものです。


この経緯は宗務庁のWebサイトに簡潔にまとめられています。(http://www.sotozen-net.or.jp/oshie/jinken/outline.htm


こうした流れの中、人権学習に部落解放同盟などから講師を派遣して頂くと、時には感情的な語り口で厳しく研修が行われることもたびたびであったそうです。差別を受けてきた(今もなお続いています)方から直接話を聞くのですから、そうなるのも理解出来ます。


ただ、あまりに感情的すぎると、研修を受ける側から反発心が芽生えてしまうのもまた、理解出来ます。自分は差別などしたことがないと思っていて、題材になるのは他の地域のことであることも多いし、また、江戸期の話であったりもします。直接の当事者でないのに、どうしてそこまで厳しく言われなければならないのか、と。


実際には、差別という行為は日常的に簡単にしてしまいがちなことであり、生まれながらに悟りを開いているような方でもなければ、知らず知らずのうちに差別をしているのであって、そうしたことを順々に理解し、未知の差別(これから生まれるかもしれない新たな差別事象)にも対応出来るようにしなくてはならないのですが、しかしまた、そうなるための入り口で反発心を生むのは、けっして好ましいことではありません。


特に受講者が若い世代であればあるほど、元々が厳しい抗議というものに免疫がありませんから、余計な反発も生みがちです。


ですので、今回の研修会は、厳しい要素は少し抑えて、次回の研修会へも素直な気持ちで学習意欲を持って参加してもらえるように、というのが人権主事さんの主たる考えでした。また、きっかけがなければ学習意欲を起こすこともなかなかに難しい現状です。言葉は悪いですが、観光で釣って、一人でも多くの参加者を、という考えもありました。


ただまあ。
昨夜遅く、所長さんと人権主事さんの話に混ぜて頂くことが出来たのですが、思ったよりもちょっと緩すぎたかな、というのが、その場にいたメンバーのはからずも共通認識でした。もうちょっと、厳しい場面があっても、充分について来れたのでは、という。


なかなかさじ加減が難しいです。
座学ではなく、現地へ赴いての学習は、次回は次期宗務所で開催することになります。通例ならば人権主事さんも新たな方がお勤めになっているはず。今の人権主事さんと同じく、また、頭を悩ますのでしょうね。


現在では本山修行中にも人権学習をたびたび開催しているようですが、目に見えて成果が上がるという段階ではありません。お山を降りてからの方が長くなるのが当然ですので、宗務所主催にての研修会が、今後も重要な役割を担うことになるのでしょう。


人権主事さん自身も、年に何回も全国を飛び回って現地学習を行っています。それを多くの僧侶に伝えるべく、ひいては多くのお檀家さん、信者さんへ伝えるべく、日々頭を巡らせているわけです。想像以上に重荷になっていることでしょう。


来年は、当宗務所が中心となり、東海管区人権研修会を開催しなくてはなりません。少しでも人権主事さんの負担を減らすべく、なかまの職員として、私も協力をしていこうと、思いを新たにしました。