書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

Apple Watch Ultraからもう離れられないと思う

もはやずいぶん長い間、Apple Watch Ultraを腕に巻いて生活していたようにすら感じられます。

通常モデルと違い、縁が角張ってしまったのが操作性にどう影響するか心配だったのですが、これはもう全然問題ないです。小さいから縁をラウンドさせて操作感を高めていただけで、大きければ平なほうが操作しやすいってことなんじゃないかな。

通知を確認するのに、今まで使っていた通常モデルでは、画面よりもだいぶ上の方から下に引っ張っている感覚だったのですが、Ultraは真ん中よりも上ぐらいから無造作に下に指を滑らせれば通知が表示されます。操作感が全然違うけど、今までよりも断然操作しやすい。

今までも使っていて、使いやすいとは思いこそすれ使いにくいと思ったことはなかったのですが、やはり大きいのは正義だ。ある程度までは。そのある程度にちゃんと収まってる。

そして、これぐらいの大きさになると、コンピューターを腕に載せている感も出てきます。今までは時計だった。Ultraはコンピューター。それをよしとする人であれば、おすすめできます。

そのほか細かなところでUltraから離れられない理由ができたのですが、それはまたの機会に。もばいる坊主にも書きたいのですが、最近筆が遅いからなぁ。

そういえば、今日、学校関係の会合でご一緒した市議会議員さんは、左手には普通の時計を、右手にはスマートウォッチをつけていました。Apple Watchっぽかったけれど、確信は持てず。この付け方、私もやってみようかと思っている付け方です。妻と婚約した時に贈ってもらった時計があるのですが、Apple Watchを買ってからは出番がありませんでした。勿体無い。当初は左手にApple Watchをつけていたからなのですが、今は事情があって右手につけていて、左手が空いています。

時刻の確認を左手の時計でするようにすれば、Apple Watchの文字盤から時計が消せるじゃないか、とか一般人には意味不明なことを考えていました。時計って、消せるのかな。表示したい情報はたくさんあるんです。時計は大きな面積を占めているので、この部分を別の情報表示に使えるのなら、それもありかな、と。

その前に一度、時計をオーバーホールに出さないとなりませんが。また電池が内部で液漏れしてそうだなぁ・・・あの時は3万円もかかった。もう一度3万円かかると、元値に限りなく近づいてしまう。

でも、大切な時計なので、一生使っていたいのです。またしても今回、お小遣いが空っぽになってしまったけれど、また貯めて、今度はオーバーホールにお金を回そうかな。

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