書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

大先輩たちとお話しすると、とてもお話ししやすい件

晋山結制の特別なお役の方々に、当日お出ましいただくお願いをして回っています。みなさん大先輩。幸いにも時おりいただく接点のおかげで、どの方々とも過度な緊張はせずにお話しできるぐらいの関係性は構築できていると思っています。(思い込んでいるとも言う)

ただ、それであっても大先輩。アポイントを取る電話をかける時点で相当緊張しますし、日が近づくにつれ緊張が増しますし、お会いして、お願いの口上が噛みかみになるぐらいにはとにかく緊張するのです。

でも、お願いの儀礼が済み、お茶をいただきながら少しだけ気を緩めて同日の日程などをお話しさせていただいていると、とても話しやすいんです。緊張は続いているのですが、でも話しやすい。不思議。

今の今まで、自分がそういう性格なのだと思っていたのですが、そうではない可能性に気がつきました。大先輩方は、聞き上手なのです。自分の言いたいことは最小限にして、こちらの話を最大限聞いてくださっているのです。

私は沈黙の時間に耐えられないので矢継ぎ早に話を繰り出します。それをあえて受けることで、徐々に私の緊張感をとってくださっているんです。

大先輩の手のひらの上で、とても気持ちよく転がしてもらっていたわけです。

さすがだ。

同年代や後輩たちと話している時との違いはこれなのだ。

私なぞ、お檀家さんとお話ししていても、つい自分のことを話してしまいたくなります。ぐっと抑えるのですが、タイミングがあるとそれを差し込んでしまって、聞き上手とはとても言えません。いつも後から反省するのですが、実践に繋がりません。話し過ぎなのです。

お檀家さんにとっての聞き上手な住職にならなくては、上辺の話ししかしてもらえません。それはお寺に住職がいることのメリットの大半が失われている状態です。あの住職と話していると、不思議となんでも話してしまう、と言われるぐらいにならなくては。

実戦の中で訓練を積むしかありませんが、大先輩方のことを思い出しながら、聞き上手な住職を目指そうと思います。

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