書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

あけましておめでとうございます

さあ、というわけで、平成24年が幕を開けました。今年はどんな一年になるのでしょうか。たくさんの人が笑顔でいられるように、私も少しでも尽力できればと思います。


正月三が日は、朝のお勤めをお檀家さんとともにお勤めします。今年も例年のごとくに。唯一違うのは、住職ののどが完全回復はしていない、ということ。本来であればまだまだお経は読まない方が良い、という状況なのですが、おとなしくしているような住職ではありません。


お経の題を唱える呼経や、お経の後に読む回向、そして元朝祈祷で行う大般若の転読は私が行うことにして、マイクも私がつけてお勤めをすることになりましたが、住職もいつもと変わらず導師位にてお勤めする、と。


祈祷太鼓も打ってくれると言うことで、確かにその方が太鼓も迫力があって檀家さんも喜んでくださるとは思うのですが、弟子としてはのどが心配で。


とりあえず初日のお勤めが済んで、それほど違和感は無かったと言うことなので、回復は順調であると思われますけれども。ここで無理していつまでも調子が戻らないまま、ということにならないことを願うばかりです。


朝のお勤めの後、住職が年徳様で書き初めをして、家族そろって梅湯をいただき、お雑煮を食べて、元旦が過ぎていきました。一息ついたところでお墓参りのために山に入り、下りてくる頃には郵便屋さんのバイクの音がしたので郵便受けを覗くと案の定年賀状が。


年賀状の仕分けをしている間に娘たちは縄跳びの練習をして、初詣に来た友人家族としばし談笑して、午後からは親戚が集うという、これまた例年のごとくの元日を過ごしました。


なんにしても忙しい一日でした。一年の豊富などに思いをはせる余裕も無く。一年の計は元旦にあり、といいますが、ちょっと待っててください、というのが本音です。


しかし、今日の日記冒頭にある願いは常に持っています。いつでも常に。それを具体的にどう行動に反映していくかを、今年もまた毎日考えながら、過ごして行ければ良いかな、と。その結果としてはっきりわかりやすい成果が出ると、とても楽しいんですけどね。