書き続ける!住職の平常心日記

静岡県にある曹洞宗のお寺、正太寺の住職が物欲との戦いを公開します。

行き過ぎる日々

師匠が移動するときの運転手は、弟子にとって大事な仕事の1つであるわけですが、最近どうも、師匠を乗せて運転していると、目的地や中継地を行き過ぎたり行き過ぎそうになったりと、散々です。今日もまた、師匠に言われて行き過ぎそうになるのに気がつく始末。


師弟といえども親子ですから、車内での会話は普通に行われます。嫁さんや娘と話すときのようにやたらと盛り上がるということはありませんけれど、淡々と、雑多な話をするわけです。最近は常日頃のコミュニケーションが以前よりも減ってきていますので、その分余計にしゃべります。


ああそうか。だから話に気が行って行き過ぎてしまうのか。


それともう一つ。元来の運転好きであるというのも理由ですね。昔は車種にもこだわりがありましたが、今はもう運転できれば何でも良いです。自分の車はもちろん、作業用の軽トラックでも良い。運転するということが最近の生活の中では贅沢なことになっています。


そんなだから、ひとたびハンドルを握ると、どこまでも走っていきたくなるのです。特に今日は、昨日まで長距離移動をしていたばかりなので、動き出したらそんな簡単には止まらないという状態が体に染みついていましたから。


日常の中では、宗務所へ出勤するときが一番長く乗るときですね。走りながら、早く遠くに出かけたいなぁと、よく思います。疲れもしますが、遠くへ行くのは好きなんですよね。もう少し娘たちが大きくなったら、車中泊で宿代節約して、車中心の旅行をしてみたいです。キャンプも良いですよねぇ。


なんにしても、師匠が元気なうちが、出かけるチャンスです。自分の代になったら、おいそれとは出かけられませんから。出かければお金もかかりますが、今のうちに。もしかしたら娘たちの記憶には残らないかもしれないけれど、それでも写真は撮ってあるから、昔はいっぱい連れて行ったんだぞと言い張れるように。


なんだかんだと忙しい日々の隙間を縫って出かけたいものです。そのときは、行き過ぎないように注意してね。